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読みにくい文章…

ここ何回かの記事を見直してみて、文章がかなり読みにくいということに気付きました。
まあ、今更ですけど。

昔より見直ししなくなったのが悪いのか…。でも、文章得意な人は、一発でいい文章書けるでしょうから、素養の問題はありますね。

「論文」の書き方マナーは、昔教わった記憶はあるんですけどね…。

  • 長い一文は書くな。(細かく「。」で区切れ)
  • 「~と思う」「~と言われている」などのあいまいな書き方はするな。
  • 文末に「…」「!」「?」などの記号を付けて誤魔化すな。

など…(あとは忘れた)。

ことごとく守っていませんね(苦笑)。

いや、blogは論文とは違うので、これに従おうとは、はなから思ってはいないのですが…。
終始論文調で書かれてたら、堅苦しくて読む気も無くなりますもんね。

それにしても、読みやすい文章になるようには心がけたいものです。

言い訳をするなら…私がつい読みにくい文章を書いてしまうのには、ひとつ心当たりはあるのです。

どうも私には、「読みにくい文章に惹かれてしまう」嫌いがちょっとあるようです。
(読みにくい文章なら何でもOKというわけでは無いですが)

例えば…

猿知恵から割り出した術数と、天来の滑稽趣味と混同されちゃ、コメディーの神様も活眼の士なきを嘆ぜざるを得ざる訳に立ち至りますからな
我輩は猫である 夏目漱石

(単に「コメディーの神様も嘆くよ」と言いたいだけにこの字数を費やす。さすが文豪。この独特な文章に当時の人々も魅了されたのでしょう。もっとも「吾輩は猫である」は「文学」というより「シニカルコメディー」ですよね…。)

ここだけの話、ここは世間ではないので、いや理論上は世間だけど、お互いの顔が直接見えるわけではないので、まあ何とかなるだろうと、こうやって優柔不断の問題を堂々と開陳し、細かい皺の一本一本を丁寧に、子細に点検しているのである。
優柔不断術 赤瀬川原平

(この行きつ戻りつな文章が素敵。別にこの本でなくてもこんな文章ですよね。そんな赤瀬川さんは芥川賞作家ですからね。最近は「老人力」で有名になっちゃってますが、私的には「トマソン」「路上観察学」ですね。)

そのとき起こったことは、とても言葉ではあらわせない。覚醒時の人生では存在する余地さえないものの、覚醒時の人生より奔放な夢をみたして、限定された因果律と三次元の論法に基づく、偏狭、厳格、客観的な世界に立ち帰るまで、当然のものとして受けとめられているような、そういう矛盾、逆説、変則性に満ちていた。
銀の鍵の門を越えて H.P.ラブクラフト

(もう、文章自体から異次元の混沌が滲み出してますね。天才です。このもったいぶった禍々しい文章が、恐怖感をいや増します。しかし、翻訳の人も苦労するだろうなあ。)

どれもすばらしい文章ですよね。

…というか、意図的に巧まれたこれら巨匠の文章と、単に雑な自分の駄文を比べても、何の言い訳にもなりませんね…。

すみません。精進します。

(2009.8.25)

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