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「アニメの殿堂」中止

「アニメの殿堂」に中止の意向
(9月17日10時48分配信 産経新聞 Yahooニュース経由)

民主党が、「国立メディア芸術総合センター(仮称)」の事業を中止する意向を表明したそうです。

民主党はもともとそういう方針で選挙を戦い、勝ったわけなので、中止を表明するのは当然のことかなと思います。

「同センターに対し民主党は「アニメの殿堂」「国営漫画喫茶」などと批判し、税金の無駄遣いの象徴として事業凍結を表明していた。」(同上)

「アニメの殿堂」の詳細自体、私もよく知りませんし、そもそも「中身の詳細がほとんど決まっていないのに(補正予算で)突然出てきた話」という説もあるので、実際「無駄遣い」としか言いようの無い施設なのかもしれません。

でも、個人的には、「ちょっと待った」と言いたい部分もあるんですよね…。

「殿堂」の理念は「アニメ、漫画、映画などの保存・展示と人材育成の拠点として構想」だそうです。

もし、これが本当に文言どおり機能するなら、そう簡単に不要な物と切り捨てちゃって良いんでしょうか?

Yahooニュースのアニメーショントピックスのコメントにも…
日本のアニメは世界で高い評価を得ており、「千と千尋の神隠し」など世界的な映画祭で受賞する作品もある
とあります。

この高い評価というのがどれほどのものかは分かりませんが…確かに、海外(特にアジアや欧州)でも、日本の漫画やアニメ関連の本は良く見かけます。
それも、ご当地オタクショップだけではなく、普通にキオスクなどでも売られていますから、認知度はそれなりにあるとは言えそうです。

ということは、日本のアニメや漫画は、アメリカ合衆国におけるハリウッド映画と同様に、主要な輸出産業になり得る芽を持っている(既になっている?)と言えるんじゃないでしょうか?

一方、お隣の韓国や中国では、政府がアニメや漫画産業に対して、既に支援を行っているという話も聞きます。

Cartoonmuseum
( Cartoon Museum 韓国ソウルのアニメ博物館)

まあ、日本の漫画・アニメのクオリティは長い年月で培われた様々な奥深い要素によって醸造されているものなので、多少のことでそう簡単に追い抜かれたりはしないでしょう。

でも、十年、数十年後はどうでしょう。

今でも、製作工程の違いなどで心配なことはあります。

特に漫画(コミックス)。

日本を除く世界のコミックスは、分業体制で創られていることが多いようです。
ディレクター、シナリオライター、下書き、ペン入れ、着彩など…別々のスタッフの分業によって製作されます。

Comic
(海外コミックスのスタッフ表記例。Writer,Pencils,Inks,Color,Letters...などなど...)

一方、日本の漫画の多くは、未だに一人の作者の比重の大きな「職人技」的なものになっています。

日本的な制作スタイルの方が、エポックメイクで飛び抜けたクオリティの作品が生まれる可能性は高い気はします。
一般的に「工業製品」より「職人製品」の方がクオリティで秀でているのと同じように、ですね。

その反面、効率やコスト面では、職人製品は工業製品には勝てません。

そして、一般的に世を席巻しているのはどちらかと言うと…。
(フェラーリよりプリウスの方が今の世界を席巻している…と言っていいですよね?)

日本のアニメに関しても、漫画同様のことが言えるかもしれません。

「宮崎アニメ」なども、かなり職人芸に近い制作工程を経ている…と「事情通」の知人に聞いた事があります。
それでこそあのクオリティが出せるのでしょう。

しかしそれ故、製作工程で予想外の先の見えない「クリエイティビティの迷路」にはまりこんでしまうこともあるようです。

一方、ピクサーのアニメなどは(制作工程はあまり知りませんが)、いかにもハリウッド的な「安心感のある」作りをしているように見えます。
そのせいか、(特に最近のものは)「飛び抜けた予想外の面白さ」というのは薄い気がします。
それでも毎回、ハズレの無い作りをしていて、多くの人が面白かったと言えるクオリティにはなっていますよね。
それはそれで凄いことだと思います。

私は、日本の漫画やアニメに、海外流を踏襲して欲しいと思っているわけではありません。

しかし、野放しでは、それらに飲み込まれてしまうのではないかと危惧するのです。

そして「アニメの殿堂」こそが、それに対する一つの回答になり得た(もしくは、そのきっかけとなる)ものだったのかもしれません。

政治的に、他のもっと大事なことを放っておいてまで…と言う気も無いのですが…

民主さんにも、少しこの面まで考慮してもらった上で、判断をしてもらえると良いかなと思った次第でした。
(それによって不備が改善された、更なる有意義な「殿堂」が作られるのなら、なおさら歓迎です)

(そして、ゲームギョーカイも、少しそのおこぼれにあずかれれば…というか、こっちの方がもっと危ない状況のような気も…)

(2009.9.18)

(追記)「アニメの殿堂」に関して、続報がありましたね。

<アニメの殿堂>川端文科相、中止を明言 「人の育成に重点」(Yahooニュース)

これを読むと(善し悪しはともかく)、私の思っていた「民主党のアニメに対する認識」はちょっと間違っていたようです。このあたりも面白いので、機会があれば、また書きたいと思います。

(2009.9.23)

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コメント

日本の漫画家も、たいてい背景はアシスタント任せで、人物もベタやトーンはアシスタントがやるのが普通だと思います(でなければ週刊連載などという離れ業は無理)。
逆に全部自分でやる作家は「特異的」な存在として話題に上がったりしますね(岩明均や石川雅之がそうだったと思う)。
全体から見た割合こそ低いですが、原作者がストーリーを考えて、漫画家は作画をするだけ(台詞とト書きだけのものから、コマ割り等まで指定されたコンテ式のものまでレベルは色々あるようですが)、という作品もそれなりの数あります。
なかでもさいとうたかをのさいとうプロダクションはほぼ完全な分業制で、ゴルゴ13は毎回原作者が違います。
また、傍目では一人で話を考えているように見える漫画家でも、漫画編集者との打ち合わせによってストーリーが作られているという側面もあり、ストーリーの源泉を一個人の頭脳に依存している訳ではないようです。

最近はそうでもないですが、アメコミの持つ特徴としての内容の薄さには、50年代に制定されたコミックス・コードというものが関係しています。要するに青少年向けメディアに対する内容規制ですが、これによってアメコミはその表現の幅を酷く狭められてしまい、あんなものを読むのは幼児に近い子供くらいしかいないという状況になってしまいました(「アルジャーノンに花束を」の序盤に主人公がアメコミを読んでいるシーンがあったと思いますが、あれにはそういう状況が反映されているのです)。ものすごくつまらないのでCATV普及の一助になったといわれるアメリカの地上波TV番組にも似たような構造があります。

何が言いたいのかというと、今回の記事の分析はかなり的外れに見えます。
日本のアニメやマンガの質が高いように見えるのは、結局のところピラミッド構造の底層部分が広く厚く、サブカルチャーと見做されているがゆえに緩い表現規制のおかげだと思います。
今回の件に対する業界関係者の本音としては「金だけよこせ、口を出すな」に尽きると思います。
政府予算がついて「紐付き」になるくらいなら、放っておいてくれたほうがありがたいのではないかと思います。

投稿: 深井 | 2009年9月19日 (土) 18時09分

コメントありがとうございます。

海外と日本の製作の件に関してはいくつも例外はありますね。

例えば、海外作品でも「ピーナッツ(スヌーピー)」のシュルツさんや、「ムーミンコミックス」のヤンソンさんなどは、原作・執筆が一緒の例ですね。

あと、政府との関わりの件ですが…

確かに政府があここれ口出しをし始めてしまうと、却ってろくでもないことになる可能性はありますね。

私も、政府が関われば必ずバラ色という気はありません。メディアセンターの件で「本当に文言どおり機能するなら」と強調で書いたのは、それも意識してです。

ただ、うまく行く可能性も皆無ではないと思います。やり方は色々だと思うんですよね。
それこそ、「金だけ出してあとは自由に」も含めての話で…。

一番気になるのは、今回の件が民主党の「アニメ、漫画」に対する認識を象徴している…と見えることです。

民主党にとって「日本の漫画やアニメなどは、保存・展示する価値などない」と言ってるようにもとれました。

それは、支援する/しない以前の問題かなと。そういう空気を国のトップが醸したら、もともとそれほど興味ない一般の人たちは、なおさら卑下して見るようになるかもしれません。

もっとも本当のところは、民主さん的にも、そこまで深い意味があってのことでは無いと思いますけどね。麻生さんが推していた施設だったからパフォーマンス的に標的となったような気もします。
(逆に、麻生さんの「漫画びいき」もパフォーマンスだったと思ってますが。)

でも、もし万が一、今回の中止論が認識不足でのことだったのなら、ちょっと現状把握はして欲しいとは思いました。

まあ、すべて私の杞憂なのかな…。

投稿: 適当所長 | 2009年9月21日 (月) 22時27分

> 民主党にとって「日本の漫画やアニメなどは、保存・展示する価値などない」と言ってるようにもとれました。

単純に民主党のマニフェストで重点政策とされている項目に使う財源がないので、要らなそうなものから順に削っていっているだけだと思います。

文化庁という役所は、昔の環境庁がそうであったように他の要求のために文化をどれだけ蔑ろにしていいかを決めるところです(やってることを見てるとそうとしか思えない)。
アグネス某などというロビイストの言うことには耳を貸さず、これからも政府にはマンガ・アニメ・ゲームを無視し続けていただきたい。

そもそも、日本のマンガ・アニメ・ゲームがここまで発展できたのは、純然的に商業主義による競争が行なわれてきた結果であり、保存されるべきかどうかは市場によって決定されるのが、サブカルチャーとしての視点から見てより健全だと考えます。
また、これまでに残ってきたいわゆる「古典」も、そのように選別を受けた結果として残っているのではないでしょうか(ただし、漢文や漢詩は科挙制によって保護されてきたので判断を保留)。

投稿: 深井 | 2009年9月22日 (火) 20時13分

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