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PIXELS

ふだん、あまりネットでムービーを見たりしないし、見てもそれほど心動かされることも無いのですが…

ギガジンの記事より…
「ピクセル」が地球を侵略してくるというコンセプトのすごいムービー

PIXELS by Patrick Jean 
(↑直リンク)

普通に見ても面白いしスゴい。
さらに、古参ゲーマーとしては、色々な感情を湧き立たされる作品ですね…。

コンピューターゲームの黎明期、表現の限界として登場キャラクターは「ピクセル(ドット)丸出し」にならざるを得ませんでした。

当時は、決してアートを気取ってデザインしていたわけではないと思います。
「これなら宇宙人に見えるだろう」とか「戦闘機に見えるだろう」とか、一生懸命にデザインした結果がアレだったと思うのです。

少し時を経て、1キャラに16色など使えるようになってからは、グラフィッカー達はなんとかドット臭さを消そうと努力していました。「ジャギ取り」なんて技術も編み出されたのも、そんな所からでしょう。

Dot1Dot2 (拡大)

※「ジャギ取り」というのは、右図のように、中間調の色を入れてドットを目立たせなくする手法のことです。 
(特定ゲームメーカーの方言かと思ってたら、一応共通語みたいですね。正確には「ジャギー」みたいだけど。)

そして、今や色数の限界も限りなく取り払われ、さらにポリゴン(3D)の表現力によって、ゲームグラフィックは実写に見紛うばかりに進化しています。

そんな昨今、一周回って、黎明期のピクセル表現が独特の表現手法としてちょっとした「アート」的に回顧されるようになったような気がします。
(ユニクロで最近、ゲームTシャツ「UT×JAPAN GAME」シリーズなんてのもやってましたね)

そう言われてみれば確かに、ドット絵にアートの要素はあるかもしれません。

最小限のドットと色数で対象を表現する…ある意味ミニマルアートですよね。

それに、制約が多いからこそ、対象をリアルに表現しようとするのではなく、あえて別の切り口で捕らえる「デザインのセンス」が問われることにもなります。

例えば、「ディグダグ」のプレイヤーキャラなんて、凄いと思うんですよ。

一応「穴を掘る人間」を描きたかったのだと思うのですが、結果は「全身白タイツの、赤い棒を持った人」。
でも、それがゲーム画面上では、生き生きと可愛らしく見える。下手に本物の人間らしく描いたら、あの味は出なかったでしょう。
「ディグダグ」のグラフィックは、敵のプーカァやファイガーなども含めて、天才の仕事だと思います。

話を戻すと…

今回のムービーは、そんなドット絵のアート性を踏まえた上で、それが昨今のリアルな世界描写に対し逆襲しているように私には見えました。(ちょっと穿ち過ぎているでしょうか?)

古いゲーマーであり、ドット絵好きな身としては、ついそんな見方をして心揺さぶられてしまったのです。
(まあ、作品自体は、最新のCG表現なわけですけど…)

(2010.4.15)

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