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コンスタンティヌスの凱旋門のヒミツ

ローマで一番有名な凱旋門といえば、
「コンスタンティヌスの凱旋門」ではないでしょうか。

有名なコロッセオのすぐ近くにあり、彫刻も見事な凱旋門です。
以前、作った「30ピースパズル・vol3」でも画像を使ったりした、これです。

Constantinusgate01_2
(クリックで拡大)

最近、「ローマ人の物語 最後の努力(中)」を読みました。

この本ではコンスタンティヌス帝と、この凱旋門について触れられていたのですが…

実物を見たときには知らなかった事実をはじめて知り、ちょっとびっくりでした。
(ローマに行った当時、「ローマ人の物語」は、「パクス・ロマーナ」までしか読んでなかったので…)

この凱旋門はコンスタンティヌス帝のための凱旋門なので、時代もその頃のものと考えていました。

Capitolini
(コンスタンティヌス帝。カピトリーニ美術館)

  • コンスタンティヌス帝時代 313~315年(4世紀)
  • ローマ帝国としては、それほど古くない。

    しかし、実はこの凱旋門、色々な時代の凱旋門のパーツや彫刻の寄せ集めだったらしいのです。

    ローマ人の物語を参考に、色分けしてみました。

    Constantinusmark

    • [赤]:トライアヌス帝時代 98~117年
    • [無色]:ハドリアヌス帝時代 117~138年
    • [緑]:マルクス・アウレリアス帝時代 161~180年
    • [紫]:コンスタンティヌス帝時代

    「無色」というのは、要はこの凱旋門の大部分ということ。
    つまり、この凱旋門はもともとハドリアヌスの時代のもので、そこにいろんな時代の彫刻を持ってきて貼り付けたものだったらしいのです。
    (ちなみに、ハドリアヌス帝というのは、「テルマエ・ロマエ」の皇帝ですね。最近読んだ。)

    それぞれの部分のアップを見ると…

    Tr01

    トライアヌス帝時代の彫刻「ダキア人捕虜たちの群像」

    Hdr

    ハドリアヌス帝時代。「狩ったライオンを前にする皇帝」

    Mcs

    マルクス・アウレリウス帝時代。「蛮族の代表を引見する皇帝」ほか

    Cons

    そして、コンスタンティヌス帝時代の彫刻。

    写真の写りも悪いのですが、それ以前に、この時代の彫刻は出来が悪い。
    一番古い、トライアヌス帝の時代のものが一番出来が良く見えるというのがなんとも。

    「ローマ人の物語」でも触れられていましたが、これはローマ帝国の凋落を表しているのだそうです。そういえばこの彫刻、「中世ヨーロッパ」の宗教画の感じに似てる。

    「今でもローマの名所旧跡では最も有名な一つになっている「コンスタンティヌスの凱旋門」が、これらのどれよりも安易に造られたということくらい、四世紀の帝都ローマを映し出していることもない。」(引用)

    かつての時代よりも、文化や芸術が衰退してしまうとは(そしてヨーロッパは中世暗黒時代に向かうわけですが)、皮肉なものですね。

    ちなみに、コンスタンティヌス帝時代(4世紀)、日本は古墳時代初期。
    ローマ帝国が衰退すると同時期に、日本では文明が興ってきたという感じなのかな。

    (2011.1.21)

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