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茂左衛門・再訪

明日6/21は、群馬の「富岡製糸場」が世界遺産登録が正式決定する(予定の)日 ですよ。一部の群馬県人にとっては、サッカーの試合よりも気になることなんじゃないかな。さて、どうなりますか。(すでに、ほぼ確定という話らしいのですが…)

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以前ゆかりの地を訪ねた、群馬の偉人「天下の義人、茂左衛門」。

あの時は時間が無くて、茂左衛門地蔵尊の解説員の方おススメの「茂左衛門の首塚」には行けませんでした。

今回、あらためて行ってみようと思ったのですが…さすがに超マイナースポットだけあって、このご時勢にネットを調べても、ハッキリした場所が分からないのね。

ってことで、今回、ネット情報提供の意味も含め、「茂左衛門の首塚」アクセスレポートを書いてみます。

(需要があるのかは、わかりませんが…でも「パワースポット」らしいですよ)

前回、茂左衛門地蔵尊で、おおまかな行きかたは聞いていたのですが、実際近くに行っても良くわかりませんでした。
なので、もう一度、地蔵尊へ行って聞いてみることに。

地蔵尊の方から目印なども伺いつつ、そこに(ざっくりした)地図もあったので、情報をあわせてみると…

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県道36号線沿いに、「名月園(群馬県利根郡みなかみ町下津)」というりんご園があり(赤丸)、その対面の道を上っていくと、最寄の場所に至るとのこと。

(エラそうに書いているが、私はまったく地図が読めない人間なので…これ見ても全然ピンと来なかった。カミサンが理解してくれて助かった…。)

Mozaemonz01

県道36号を進むと、名月園発見。その対面(向かって右側)に道があります。

(↑車を降りて撮った写真です)

Mozaemonz02

こんな道。まっすぐ登っていく。

地蔵尊では、車を止められる場所があると聞いていたのですが、よく分からず…。
農道の脇に一時駐車させてもらいました。

車を止めてはみたものの、その時点では場所はハッキリ分からなかった。

Mozaemonz04

で、少し歩きまわっていると、小さな看板を見つけました。

でもこの矢印がどこをしめしているのかさっぱりわからない。

Mozaemonz03

こんな感じ。

実は、この手前の、草むらに隠された道(写真右手前の、少し枯れたようになっている場所)を登るのが正解。

シークレット・パッセージ発見! といった趣。隠してるわけでもないだろうに。

草むらはやがて山道となり、それを少し登っていくと…またもや行く手を阻む物がっ!

Mozaemonz06

シカ除けの電気柵じゃないか!?

道はこの奥に続いています…。

まあ、地蔵尊の人も行って良いといっていたわけなので…一番上の電気柵をいったん外し、またいで奥へ…。

度重なる妨害(?)に、不安を隠せませんが…進みます。

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道の途中にあった、水盤? 由来は良くわからないが、地蔵尊の地図に写真が出ていたもの。これで、道が正しいことはわかった。

さらに、森の中の道を進んでいくと…(5分強くらいか)

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坂之上に、写真で見たお地蔵様を発見! ここか!

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一応、旗なんかも立てられていました。

ということで、到着!

[ 茂左衛門の首塚 ]

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茂左衛門は、天和2年11月5日、竹の下河原の処刑場で磔にされたあと、獄門のうえ、さらし首になりました。

それを哀れに思った親族が、夜中に番人と戦いながら首を盗み、こちらに埋葬したのだそうです。

悲惨な由緒ではありますが、静かな森の中、木漏れ日も差し、良い雰囲気の場所でした。

お参りをした後、この地を後にしました。

うむ。これで茂左衛門ゆかりの地を、ひととおり制覇できたことになるかな。

まあ、先日ここに来るまでは、茂左衛門さんのことも「カルタで聞いたことがある」程度の知識しかなかったのですが…
今ではすっかり「ファン」になってしまいました。

単に愚直な義人の場合、直球勝負に打って出て自爆してしまったりするものですが(茂左衛門の先人、松井市兵衛はストレートに直訴しようとして斬罪に)…

茂左衛門の場合、巧みな策を弄して直訴を成功させ、目的を果たしつつ自分の身の安全も計ったところに、策士の魅力を感じました(最後は捕まってしまいますが)。

茂左衛門の伝記は、茂左衛門地蔵尊で(美麗イラスト付きで)見ることができます。あまりにもよくできた話なので、ちょっと盛られている部分もあるのかも…とも思いつつ、歴史のロマンということでよいのかなと。(NHK大河ドラマだって、色々盛ってますしね)

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少し関連して…同じ日に行った場所で…。

茂左衛門の伝記にも登場した「水牢」。(以前の記事参照

沼田城主、真田伊賀守信直は、年貢を納められない農民を捕らえ、水牢で拷問したといいます。

その水牢が、まだ残っているんですね。行ってみました。

場所は、茂左衛門ゆかりの地からは少し離れた、群馬県中之条町。
中之条駅から少し北へ行ったところ。

[ 桃瀬の水牢跡 ]

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車でもごく最寄までいけます。解説板もありました。

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これが、水牢跡です。

現在は水底までそれほどの深さでもないですが、実際にはもっと穴が深かったと思われます。

解説版によると…(抜粋)

水牢は、水責めの一種で、おもに年貢の取立てに使われたといわれている。

女は水を70cmくらいに、男は首のつかるまで入れたといい、体温低下により死んだ者もいたらしい。

この悲惨な姿を見て、身内のものは人々にすがり年貢を納めたのだそうだ。

沼田藩の中でも吾妻東部だけに残されており、八箇所の中でもここがもっとも原型を留めているそうです。

中世に、岩櫃城主、斉藤越前守が使ったものを、近世になって伊賀守も利用したのだと考えられている…とのこと。

…え? あの稀代の悪領主(と思っていた)伊賀守信直が作ったんじゃなく、それ以前から使われてたものだったのか!? 

美しいものだけではなく、こういう暗部も歴史の一部。語り伝えていくべきでしょう。


(2014.6.20)

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