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上里の廃寺、謎と真相

埼玉県児玉郡上里町 。
群馬からも近くて、このあたりにはちょくちょく来るのですが…

上里SA(スマートIC)の近くに「上里カンターレ」という 巨大なお菓子の製造・直売店があります。

Cantale01

バームクーヘンを売りにしているのに、なぜかイタリアンコンセプトという…。

ここにある「アマルフィ」というイタリアンビュッフェが、けっこう美味しいです。

…と、まあ、それはさておき。

カンターレからの帰り道、麦畑の広がる一帯の中に、ちょっと奇妙な建物を見つけました。

寺のような、そうでないような…。

Dainiti01

かやぶきトタンハウス。卍マークも付いている。
墓地も併設されている。
今は使われていない、廃寺のようだ。

(後にGoogleMapで、上里カンターレから辿ってみたら、「大日堂」という名前で出ていました。)

この場所で我々は、いくつかの奇妙な物件を目にしたのだった。

Dainiti02

頑丈な鉄の枷で締め付けられたような姿の、古い地蔵。
後頭部の一部は、無残にも破壊され失われている。

いったい、この地蔵に何が起こったのだろうか?
この地蔵は、夜な夜な歩き出すため、それを鉄の枷で妨げているとでもいうのか? あるいは、災いをなすなどの理由で、封印されているとでもいうのだろうか?

Dainiti03

また、この敷地内には戦没者を祀る慰霊碑が建てられていた。

その中に、明らかに以前は慰霊碑があったのはずなのに、台座だけを残して本体が失われているものがあった。

この慰霊碑の主に何があったのだろうか?
碑を撤去されてしまうほどの過去の所業が発覚し、存在を抹消されてしまったとでもいうのか? それとも、これも何かを封印するための呪術的行為なのだろうか?

……

と、不思議に思いながら見ていたところ…

近くの畑を見回っていたらしい地元の方(おじいさん)が、「何をしてるんだい?」と話しかけてきました。

「珍しい物件なので見ていた」…と言うと、そのおじいさんは(このあたりに昔から住んでいる方のようで)、いろいろと「驚きの真相」を語ってくださったのです。

建物は、このあたりでは単に「お堂」と呼ばれているもので、昔は寺だったが、近くの寺に統合されて、現在は祭の道具などを保管する物置として使われているとのことでした。以前は自由入れたが、中にあった仏像を盗んだ不届き者が出たため、今は施錠されているのだそう。

封印された地蔵の真相は…
ある時、角を曲がりそこなった車がぶつかって、倒れて壊れてしまったのだそうです。この地蔵は古くて大切なものなので、ちゃんと立て直し、鉄の枠をはめて補強したとのことでした。(それも、だいぶ昔の話らしく、補強はすっかり錆びていた)

Dainiti04

地蔵の台座を見ると、「享保」と読める!? 享保の改革! 八代将軍、徳川吉宗(暴れん坊将軍)の時代…300年くらい前じゃないか。そりゃスゴイ。

ちなみに、壊れてしまったお地蔵さんの代わりに、新しい地蔵(最初の写真に写っているもの)が寄贈されたそうです。

「失われた慰霊碑」の方には、さらに驚愕の事実が。

この慰霊碑は、戦後この集落出身の戦没者のために建てられたものだということですが…

慰霊碑を建てられた方のうちのひとりが、実は生きていて、戦後10年ほど経ってから戻ってきたのだそうです!!
それで、慰霊碑は撤去されたとのことでした。なんだ、いい話じゃないですか!

偶然にも、地元の方が声をかけてくれたおかげで、面白い話を聞けました。
根が人見知りで小心者なので、知りたいことがあっても、こちらからはなかなか話しかけられないんですよね…。ラッキーでした。

(2016.6.8)

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