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7年ぶりの岩手・三陸海岸

7年ぶりに岩手県、三陸海岸に行ってきました。

以前岩手に行ったことも記事にしてますが、その際は遠野のことしか書いてなかったですね。しかし当時も、海の方に行っていたのです。

今回の目的としては、震災後の再訪…というのがひとつ。
震災から6年経ち、当時訪れた場所は変わったのか、変わっていないのか…見てみたいと思ってました。(もうひとつの目的についてはまた後日)

まず、宮古市へ…

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道の駅みやこ。当時も寄ってるはずだけど、あまり記憶がない…(当時は今ほど写真も撮ってないし)
賑わってましたねー。ここで昼食を食べようと思ってたんだけど、席がいっぱいで見送らざるを得なかった。

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道の駅の建物に、津波浸水ラインが表示されている。こんなところまで!? 
では、ここも新築されたものなのか…?

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珍しい、ラウンドアバウトになっている! まだ新しいのか、看板に行き先が書いてない…。

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浄土ヶ浜、再訪。
看板には「三陸復興国立公園」と書かれている。
美しい景観は、昔と変わってないですね。

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ちなみに、7年前の写真。
看板も今と変わらないように見えるが、「陸中海岸国立公園」と書かれてます。

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浄土ヶ浜の海には、私の好きなイトマキヒトデがたくさんいるんですよねー。そこも7年前から変わってなかった。

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海辺にはいくつもの高い防波堤…というか防護壁ができつつありました。 

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一部分だけだと、巨大な現代芸術のようにも見える。
しかし、防波堤なのに穴が空いてて大丈夫なのか…? 
(その謎は後々明かされる)

海沿いを南下…

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こちらは概ね完成しているのかな。延々と高い防波堤が続く。

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走っていると、しばしばこの標識を見かけました。 

以前も立ち寄った、吉里吉里へ。

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これは7年前の写真。
「吉里吉里」の名前が面白かったので撮っていたもの。(「吉里吉里人」という小説がありましたね。読んでないけど)
当時は、これを見てもなんとも思わなかったが…本当に津波が来てしまうとは。

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これは今回の写真。
奥に見えるのが小学校。7年前のままでした。

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これも今回の写真。避難所になっていた天照御祖神社。

この周辺はかなり被害があったようで、まだ空き地や建築中の建物も多かったですが、この神社は、鎮守の森が津波を食い止めて残ったらしいです。

さらに南下し…釜石へ。この日は釜石で宿泊。

前回も釜石で泊まりました。前回泊まった(ちょっと小さめの)ホテルも無事営業していたようです。(ただ、予約が取れず違うところに泊まった)

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泊まったホテルの壁面に、津波浸水ラインが。この辺りもけっこう被害があったようですね…。前回見かけた店がなくなって、新しい店舗が建っている場所もありました。

翌日、また南下…

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道中の、とある港。完全に防護壁に囲まれている。
やはり穴が空いてるな…。

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…と思ったら、分厚いガラスがはまっている!(写真じゃわかりにくいけど)
なるほど…近代的!

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釜石大観音というのがあるんですね。群馬の白衣大観音にも似てて親しみがわきますね。
ムッ…高さは釜石大観音の方が高いのか! だが建立は白衣観音の方が早いぞ!(張り合うなよ)

手前の緑色の山…というか盛土はなんだろう? 
たくさんあったけど…ちょっとネットで調べてもわからなかった。

さらに南下…

「津波石」というのがあると知り、見に行くことに。

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更地になっている海岸。周りは防波堤が囲んでいる。
右下にあるのが津波石。

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「吉浜の津波石」

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表面には
「津波記念石 昭和8年の津波の際に河口からここまで打ち上げられたもの」というような文字が記されています。

その後、道路の法面に埋められて忘れ去られていたが、東日本大震災の際に上部が現れて再発見され、掘り出されたのだそうです。

偶然この時、これを発見したおじいさんがここにいらして、少しお話を聞けました。
震災の前日に、なぜかこの石のことを思い出して話していたのだそうです。翌日に津波が来て、後日見に来たら、この石の上部が出ていたとのことです。ちょっと不思議な話。

(後で寄ったお店で、この話が絵本になってるのを見つけました。けっこう脚色されてるけど)

さらに南下…陸前高田市へ

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ここは被害が大きかったという話でしたね。海岸近くには、まだ広大な更地があって、あちこちで盛土造成中でした。もう6年経っているわけですが、復興には時間がかかるんですね…。

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「道の駅高田松原」は震災遺構として残されていました。

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ここは、↑の看板の上まで津波が来たようです。ひぇ〜!

ここには高田松原という7万本の松林があったが、流されて壊滅してしまった…という話は当時も聞きましたね。

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そして、「奇跡の一本松」。これも当時話題になりましたね。(枯死した後にモニュメント化されたことも含めて)

ちなみに、一本松までは駐車場からけっこう距離がありました。片道10分〜15分かかります。

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遠目だと、本物の松っぽいけど、近づくと葉の付き方にちょっと違和感あります。
一種の芸術作品と見ることもできますね。

モニュメント化には異論もあったようですが、(自分も含め)見学者は結構いましたし、駐車場のある売店は賑わってましたし、キレイごとではなく経済的には良かったんじゃないかと思いました。

今回、「まだ復興中」のような景色の写真ばかりあげてますが、その他の場所はちゃんと日常的な雰囲気でしたよ。観光には全然差し支えない感じで、どこも賑わってました。復興に協力するつもりで、現地に遊びに行くというのも良いんじゃないかと思います。

(2017.5.10)

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