日記・コラム・つぶやき

新しい日本語の書き方?

相変わらず、仕事でテキストを書くことも多いのですが……
(上手くもないし、できれば書きたくないんだけど、他に人がいないので仕方なく)

最近、ローカルルールとして「できる限り漢字を少なめに」という空気になってます。

説明文やセリフの文では、漢字が少ないほどパッと見で軽い印象になるし、以前から悩まされている「漢字使用/不使用の不統一」や、「同音同義漢字の不統一」※を避けやすくなります。

※同音同義漢字の不統一
「会う/逢う」など、同じ読み・同じ意味のため、単体で見ると間違いではないが、同作品中では、統一されていないとちょっと恥ずかしいもの

で、漢字使用を必要最低限にとどめようと思うのですが…これがなかなかうまくいかない。

(例)

「友人には、ハエのように煩いやつだと言われている」 


「煩い」「言われ」をひらがなにしたい

「友人には、ハエのようにうるさいやつだといわれている」

ひらがなが続くと、なんか読みにくい。
(あまり良い例ではないですが、推察してください…)

読点(、)を入れて解決できる場合もあるのですが、上の例の場合、読点を入れると

「友人には、ハエのように、うるさいやつだと、いわれている」

読みやすくはなるが、ちょっと読点過剰な文章になってしまう。
(読点は息継ぎのニュアンスがあるので、過呼吸な文になる)

この問題、日本語が基本的に「単語(文節)の間に空白を入れない」言語のため、起こるのではないかと思います。
(これは、日本語が(前回リスペクトした)漢文を元にしているためだと思う。他の言語では"This is a pen."のように、単語の間に空白を入れるものが多い)

この文に適宜空白を入れて書くと…

「友人には ハエのように うるさいやつだと いわれている」

読みやすくなった…と思いませんか? 
読点も不要になるし。
(私、日本語の読点の曖昧なルールも好きじゃないので)

ふと、これで思い出したのは……

現在プレイ中の「ドラゴンクエストXI」のセリフ文。
ドラクエの文章って、適宜空白が入っているんですよね。

(例)
「わしは 魔女の研究のために この国に来た。
本当ならば さっさと研究を終え
出ていくつもり だったんじゃがな……。」

読みやすい!
この文章には漢字も多用されているので、空白がなくても問題はなさそうですが…それでも空白があることで、読みやすくなっていると思います。
読点ではないので、区切り感はありつつ過呼吸感はない。

この「ドラクエ書き」、もともと「ひらカタ」しか使えなかったファミコン時代の名残だと思うんですが……
(例)
「もし わしの みかたになれば
せかいの はんぶんを
おまえに やろう」
(漢字が一切使われていませんが、普通に読める)

他のゲームシリーズでは、漢字を使えるようになって以降、普通の書き方になったものもあります。(FFシリーズとか)

ドラクエでは漢字が使えるようになった今でも、これを意図的に継承しているということです。(ポケモンは最近でもこちらのタイプかな)

これに気づいた時、素晴らしいと思いましたね。

この書き方、正式には「わかち書き」(wikipedia)というんですね。

「わかち書き(わかちがき)とは、文章において語の区切りに空白を挟んで記述することである。」(wikipediaより)

わかち書きをすれば 自分の悩みも かなり解消されるということです。
ドラクエの例で見るように 漢字を無理に使わなくても 読みやすい文章が書けるのですから。

この書き方は ゲームを超えて もっと広まって良いのではないか…と思います。
(全てこの書き方にすべき ということではないが)

文章の書き方の幅が広がるし、まだ日本語に慣れない子供、日本語を学ぶ外国人、機械翻訳※にも 有益ではないかと思います 。

※「わかち書きをしないことにより、日本語はコンピュータによる検索や語数チェックなどのデータ処理が非常に難しくなっている。」(wikipediaより)

もっと わかち書きが 世間に 広まってほしい……。

(途中から わかち書きにしてたの 気づきました?)

(2017.9.8)

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ミジンコピンピン現象

「ミジンコピンピン現象」とは…

「しあわせのかたち」というマンガ(私のバイブルの一つとも言える)で名付けられた現象である。

(↑自分が所有している版とは違うが)
1巻 「オホーツクに消ゆ ACT3」で言及されています。

「ふと空を見上げると、みじんこのよーな ゴミのよーなものが見えるではありませんか。しかも それは視点を合わせようとすると、ピンピン動くのです。」(引用)

これ、わかりますよね? こういうの見たことある人、少なくないはず。

↓こんなイメージじゃないですかね。

Hibun_2

まさに「ゴミのよーなもの」が、視線に合わせて「ピンピン動く」感じですね。
自分も青空を見上げると、これが見えます。

ネットで「ミジンコピンピン現象」と検索すると、「飛蚊症」であると説明されているものが多いです。

飛蚊症」(wikipedia)

その正体は「目の内部を満たす硝子体内の混濁が網膜上に影を落とすことで発生する。」(引用)だそうです。

ですが…

「ミジンコピンピン現象」をマンガで見た時、私が最初にイメージしたのはこれではありませんでした。

私が最初イメージしたのは、こんな感じのものでした。

Blue_2

無数の白い小さな粒つぶが、様々な方向にジワジワ〜っと動いているのです。

これも、わかる人いますよね?

どうも、これは桜玉吉さんの言う「ミジンコピンピン」とは違うもののようです。
私は最近まで、この2つをゴッチャにしていました。

こちらは「ブルーフィールド内視現象」(wikipedia)というものだと、最近知りました。
「小さな明るい光点(青空の妖精と呼ばれる)が視野の中を急速に動きまわる現象のこと。」(引用)

正体は、「目の網膜の前にある毛細血管の中を走る白血球である」(引用)だそうです。

これはこれでミジンコっぽい感じだったので、ゴッチャになっていたようです。

飛蚊症の動きを「ケンミジンコ」だとするなら、こちらは「カイミジンコ」でしょうか(伝わらんか…)。

どーも、他の人と「「ミジンコピンピン」の話をしたとき、かみ合わないことがあると思っていたら、こういうことだったのか…と、数十年の謎は解けたのでした。

(2017.7.16)

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実現したらいいけどな…(3)

実現したらいいな…と思いつつ、生きているうちには無理かなあと思うこと、の続編

前回直後から書こうと思っていた話題なのですが、内容的に気後れしていて…。まあでも、今自分が考えていることの記録として(後の自分に読ませるために)、書いておくべきかなと。

4.安楽死の合法化

念のために言っておくと、あくまで思想の話です。自分が今死にたいとか思ってるわけじゃないですからね。あと、ここで書いたことは個人の考えであって、他人に勧めるものでないことをご了承ください。

J.R.R.トールキンの「中つ国(ミドルワールド)」世界のエルフには寿命がなく、殺されない限り永遠の命を持ちます。しかし、この世に倦み疲れたなら、自らの意思でこの世を去ることができるという設定らしいです(いわゆる「自殺」ということではなく)。

トールキンは、「エルフ」をあらゆる面で人間を超える存在、神に近い理想の存在として描いています。
寿命と死の設定も、トールキンの考える理想の姿なのかもしれません。
(ゲームに登場するエルフは、人間より耐久力が低めとか、バランスを取られることが多いですけど)

エルフと違い、死すべき定めの人の子としては、永遠の命は望めません。いずれは死はやってくるもの。

死は恐ろしい。私は死後の世界を信じていないので、死は単純に「無」になること、夢のない永遠の眠りだと考えてます。

それが、免れようがないなら、せめて自分の最後の処し方を自分で決めたいと思うのです。

もちろん、「自殺」なら自分で決められるわけですが…それには苦しみが伴います。(昔読んだ「自殺マニュアル」によると、一番楽な死に方は「首吊り」だったと記憶してますが…それも嫌だよなあ)
それに、後々他人に迷惑をかけるようなことはしたくないじゃないですか。

病院のような然るべき場所で、公式に、後々の処置も決められた上で、苦しみのない死を迎えたいと思うのですよ。

それを実現するのが、安楽死の合法化ということです。

不治の病で延命措置が必要な場合、それを拒否して自然死を迎えることを「尊厳死」といい、これは日本でも認められているようです。

尊厳死」(日本尊厳死協会)

しかし私的には、それではまだ不満です。「尊厳死」の場合、まず不死の病にかかって、延命措置を取られることが前提ですので…。

世界的に見ると、ヨーロッパの「先進的な」国では、安楽死(自殺幇助)を認める動きはあるようです。(キリスト教では、自殺アウトなはずなのに…柔軟ですよね)

安楽死目的のスイス渡航者が5年で611人に!」(NAVERまとめ)

スイスの場合、重度の不治の病の末期で耐え難い苦痛を伴う場合などに、薬を処方され、それを「自分で飲む」ことによって安楽死できる仕組みのようです。

「人生は完結」と思う高齢者の自殺ほう助認める動き、オランダ」(AFP  2016.10.14)(気づいたらリンク切れでした)

「オランダ保健相と司法相は12日、議会に宛てた書簡のなかで「熟慮した末に自分の人生は完結したとの確信に至った人たちが、厳格な条件の下で、自身が選択した尊厳ある方法で生涯を終えられるようにすべきだ」と提案した。」(引用)

オランダ政府、安楽死を「人生が終わったと感じている人」にも適用させる法案を提出」(同様記事 カラパイア 2016.10.18)

オランダでは2002年から安楽死法は施行されているのを、条件を緩和して「回復の見込みがない末期症状の患者だけでなく、単に”人生が終わった”と感じている人や、”人生に疲れ果てた”と思っている人の自殺幇助が合法化される。」「ただし適用は高齢者のみとなる。」(上記カラパイア記事より引用)とのこと。

すごいですね。「不治の病」の条件が無いことなど、私の理想に近づいてます。「高齢者のみ」の制限も、妥当かな。

もっとも、この件についてはオランダ国内でも賛否両論があるらしく、その後も合法化されたという話も聞いていません。

今回の件は、核融合や火星旅行とは違い、科学の問題じゃないですね。科学的、技術的にはすでに解法はある。むしろ、法律や社会、倫理の問題。ベーシックインカム問題の方に近いかな。

ベーシックインカムと違い莫大な財源が必要なものでもなし、個人のことなのだから好きにさせてくれても良いじゃないか、と思わなくもないですが……。

実際は、そんな簡単な話じゃないんですね。

安楽死が合法化されると……

・ これによる自殺者が急増する?

個人的には、そこまで心配する必要はないだろうと思っていますが(もともと現在の自殺者数に関しては、健康問題のある高齢者が最も多いため)、安易に自殺を選ぶ人が増える可能性はあります。その意味ではオランダの法案のように、高齢者に限るなどの制限は必要に思います。もともと、私の意図として、逃避的な自殺というよりも「ここで人生を完了するのがベストだな」というような、前向きなものを想定しています。高齢者に限るのは、フェイルセーフになると共に、意図にも合致しますね。

・ これを利用した犯罪が行われる可能性がある?

現在施行されている国では、本人の再三の意思確認など厳重なチェックがあるようですが、脅迫などで本人の意思を装わせることなどできたりしないでしょうか。
一度安楽死を宣言したとしても、いつでも(実行の直前でも)撤回できるようでないといけないですね。
死亡保険などについても、犯罪に利用される可能性がありそう。あらたな取り決めが必要になるかもしれません。
もっとも、この辺りは、先行する国を参考に対策することはできそうな気はします。大きな問題ではないだろう、と思えます。

・安楽死しない高齢者への社会的圧力

私的にもっとも危惧するのは、これです。

安楽死が合法化されると、保険問題、年金問題が緩和されるなど、社会にとってメリットがあります。安楽死を選ぶ高齢者は、賞賛されるでしょう。
一方で、高齢になっても安楽死を選ばない人は、肩身が狭くなりそうです。
面と向かって非難されることはないにしても、「いつまでも生きている老人は邪魔者」という社会の暗黙の圧力が容易に想像できます。

これは大きな問題です。安楽死は、あくまでそれを望む人個人の選択であり、安楽死したくない人の意思も尊重されるべきです。望まない人の権利を侵害するのでは、むしろ社会の不幸度を増加させることになり、本来の意図に反します。

これは法律などで解決できるものではないですね。社会がそれだけ成熟しないと、この問題を払拭するのは難しそうです。

…ってことで、「生きているうちには無理」かなあと思うわけです。残念。

もっとも、今でこそ、「安楽死の合法化を望む」なんて言ってますが、実際に合法化されたとして、自分は本当に安楽死を選ぶんですかね? 
その時になったら、勇気が出ずに躊躇する可能性も大いにありますね…。
果たしてその時の自分は、死ぬことに勇気が要るのか、生きていることに勇気が要るのか…。

うーん、ちょっとまとまり切らなかったけど、この辺にしときます。

(2017.6.12)

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謹賀新年2017

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

今年は、努めて社交的に行きたいな…とは思ってるんですが、難しいだろうな、性格的に…。

なごむ鳥写真.1
Toridoshi01

なごむ鳥写真.2
Toridoshi02


当研究所(Blog)に使用されている写真は、(記憶の限り)自前で撮影したものです。

ですので本来、著作権は当研究所にありますが…
ご希望の方がいたら、当Blogの写真は、無断で使用してもらってかまいません。

(まあ、そんなニーズもそうないだろうけど…最近、画像や記事の無断使用に関するニュースがあったので…年始のこのタイミングで、うちの方針を宣言しとこうかと)

ただし、被写体の肖像権等に関しては関知しません(問題ないものを撮影してるつもりですが…保証はできないので)。あと、利用に際して発生した問題については、一切責任は負いかねますので、ご了承ください。

(あと、無断でも全然OKなのですが、ひとこともらえたり、リンク貼ってもらえたりするとより嬉しいです)

(2017.1.1)

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2016 LAST

以前の記事にも書きましたが、有名な「ハート形土偶」って、群馬県(吾妻郡)で出土したものだったんです。(その時知った)

Heart_dogu01

(これはレプリカですが。群馬県渋川市発掘情報館)

この土偶の、後ろ側ってどうなってるか、知ってました?

Heart_dogu02

↑実はこんな感じらしいです。取っ手みたいなのがついてたんですね。


という感じで(関係ないけど)、2016年もそろそろ終わりです。

今年は、久々に本業での新作が出て、めでたい年…になるはずだったんだけど…結果は、なんかパッとしない1年でした…。

それで、ちょっと悟りましたね。物事にあまり過大な期待を抱くべきではないな、と。

無心が良いですね。 来年は、ハート形土偶のように、飄々とした1年を送りたいものです。

(2016.12.28)

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クリスマス2016

毎年のクリスマス恒例になってしまった「はり札」コレクション。(昨年

ネタが尽きたらやめようと思ってるのですが、毎年いくつか気になるものが見つかるんですよ…。

1.

Hari2016_02

酒、ダメですか?
(イスラム教はともかく、キリスト教は飲酒を禁止してなかった気がするが…というか、キリストさまの血はワインじゃなかったっけ?)

私、さほど酒好きってことでもないし、そもそも弱いんですが、最近徐々に酒量が増えてるんですよね…。ストレスかな…。

2.

Hari2016_01

ちょっと、何言ってるかわかりにくいです…。
「正しくない時代に生きる人々は、神を認めない」ということかな?

今の時代は曲がってますかね? どうでしょう?

「正義」というのは、主観的・相対的なモノであって、定義は不可能…と子供の頃ガンダムを見て悟った気がしてたんですが…

最近、ジョン・ロールズの関連本を読んで、彼が定義を試みた「正義」にちょっと共感を覚えました。

(本当はロールズの「正義論」を読むべきなんだろうけど、あまりに分厚くてデカくて、移動中に読めそうもなかったので…)

要約すれば「自由と平等を重視する」というものですが、自由も平等も無制限ではなくルールを設けてます。

「基本的な諸自由は自由のためにのみ制限されうる」
「不平等は社会的・経済的にもっとも不遇な人たちの権利の向上が見込まれるかぎり許容される」

いわゆる「現代的リベラリズム・社会的自由主義」ってやつらしいです。
(同じリベラルでも、リバタリアニズムではない。こちらはできる限り無制限の自由を求める思想)

おお、確かに、これこそ「正義」の定義といっていいんじゃないか!?
で、上記を妨げようとするものが「悪」ということになります。

例:
世界征服と人類の奴隷化を目論むショッカーは、自由と平等を踏みにじるので悪。
ショッカーを倒す仮面ライダーは、ショッカーの自由を制限するが、「他の人々の自由のため」なので正義。
(↑あくまで、私の独自解釈です)

もちろん、この思想も完璧ではなく、他の哲学者からけっこうツッコミ(反論)を受けたようです。
(それぞれ確かに一理あるんですよね…さすが頭いい人たちだ)

そのツッコミのひとりが「白熱授業」のサンデル教授。

サンデル教授については、以前書きました。
当時も「コミュニタリアニズム」にはイマイチ共感できませんでした(「白熱授業」は面白かったけど)。ロールズの本を読んで、改めてそれを再確認した感じです。

もっとも、最近は世界的にコミュニタリアニズムの方が優勢な気もします。
トランプ次期大統領なんかも、それに近いんじゃないですかね(「アメリカ第一主義」はコミュニタリアニズムに思える)

まあ、最終的に「世界連邦」みたいなものを夢想するロールズに比べると、現実的で実現しやすい正義かもしれないです。

どっちが正しい、と強弁する気もないですが…。

ロールズの思想として、「立場入れ替え可能性の確保」という考え方があるみたいですが、これだけは、あらゆる言動の中で考慮して良いものじゃないかなと思いました。


今年、ドバイに行ってきました。(その件も、いずれ書こうと思ってます)

ドバイ(アラブ首長国連邦)って、敬虔なイスラム教の国なんですが、クリスマスってどうなのかな …と疑問に思ってました。

で、市内観光のガイドさんに聞いた所、「盛大に祝いますよ」と言われて、ちょっとびっくり。

実際に、その光景を目の当たりにしました…

Xmas2016_01

ドバイモールの「ダイソー」にて。まだ11月頭なのに、日本以上のクリスマスグッズの充実度合い。

まあ、ドバイの住人の80%は外国からの移民とのことなので、その人たちが祝うってことなのかな…とは思いましたが。(ガイドさんも、ネパール人だった)

それでも、クリスマスを祝うことを禁じていないのは、リベラルな国だなと思いますね。

(お、ロールズの話につながるな…)

(2016.12.24)

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今さら(笑)真田丸ゆかりの地探訪・2

真田丸も、もうすぐ終わりって事で、駆け込み真田丸SP、その2。

[ 岩櫃城址 ]

群馬県吾妻郡。

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岩櫃山。
真田丸のOPの冒頭で、ちらっと登場している山です。

岩櫃山には数年前に登ったことがありますが、鎖場があったり、足を踏み外しそうな狭い尾根道があったりと、高所ニガテな自分には恐怖な山でした。

真田丸キャンペーン中ということで、(沼田城みたいに)浮かれた様子になってるのかな…と期待しつつ、行ってみました。

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岩櫃城は岩櫃山登山道の途中にあります。

以前には無かった、真田丸のノボリや、真田丸ポスターを貼りまくった(いかにもニワカ作りの)観光案内所ができてたり、確かに浮かれた様子になってました。
まあでも、おかげで今年は人がいっぱい来たんだろうなあ。

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本丸跡への道。

ちなみに、岩櫃城の築城時期・築城者は不明。(伝承では鎌倉時代)
で、戦国時代、なんやかやあって、真田氏が支配することになります。

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岩櫃城、堀跡。上は本丸跡。

おお〜! ここがかつて真田も支配した城の跡か…!
…なんて、初めて来たわけでは無いのですが、あらためて感激。

以前、登山で来た時には、復元した天守閣はおろか石垣すらも無い城跡なんて…と、ほぼスルーしていたのですが…最近、考え方が変わって(ブラタモリなどの影響)、城跡の土木的遺構の良さがわかるようになった気がします(笑)。

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これは、去年末あたりから立ってるのかな?

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本丸跡の高台から下の堀跡を望む。

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岩櫃城本丸跡。

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小さい祠があった。よく見ると…ここにも六文銭が並べてある! 

本丸跡から少し離れた場所にも、遺構がいくつかありました。

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出浦渕!?

真田丸でも人気キャラだった、出浦昌相の名を冠す遺構ですね。こんなのあるなんて知らなかった。(以前は、こんな説明板もなかったんじゃないかな。気づかなかっただけかな)

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へえ、出浦昌相が、岩櫃城の最後の城代だったのか。終焉の地も、ここ吾妻だったようです。

私も、真田丸で出浦が忠勝に斬られた際、これで死んだのか(あるいは再起不能で歴史の舞台から消えたのか)と思ってましたが…史実を知ってたら心配しなかったのにな。

実際、真田丸でも最近の回で登場して、信之とコミカルシーンを演じてましたね。良かった良かった。

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(おまけ)

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あの有名な、ハート形土偶って、ここで出土したものだったのか。知らなかった。

(2016.12.9)

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ポケットの中の異次元

「不意に、原因不明の失踪をとげ、それきり戻らないという人の記録は数々あるが、どれも物語作者の観点からすれば不備な点がある。物語としては稚拙なのだ。あまりにも話が短すぎる上に、設定に見合うだけの落ちがない」
(フェノメナ・怪奇現象博物館「失踪者の行方」より引用)

この1ヶ月の間に、身の回りで謎の消失事件が続いています。
(といっても…別に人間が消えたわけではないですが…)

・ ケース1 「歯の詰め物」

10月末、ビュフェレストランで昼食を食べていたら、歯の詰め物が取れました(笑)。
それをティッシュに包み、カバンの中にあった充電器などが入っているミニポーチに入れました。(確かに記憶がある)

それが、家に帰って探してみると…無い!

ポーチを全て出し、カバンの物も全て出し、くまなく探してみても、ティッシュの包みごと見つからないのです。記憶もはっきりしているだけに不可解極まりない。

可能性としては、実際にはポーチに入れておらず(記憶はあるのだが…)、皿を返却口に戻す際に他のゴミ(紙ナプキンなど)と一緒にゴミ箱に捨ててしまったのかもしれない。

で、レストランに電話しゴミ袋をキープしてもらい、わざわざ出向いて、閉店後に漁らせてもらったのですが…結局、見つかりませんでした(ゴミの量は少なく探しやすかったが…我ながらミジメでした)。
レストラン側でもテーブル周りなど出来る限り探してくれたらしいが、それらしいモノはなかったとのこと。

これはもはや、この世界から消えてしまったとしか思えない!

(今から考えると、歯の詰め物なんて、そんな意地になって探さなくても良かったのだが…歯医者に「外れた詰め物も持ってきて」と言われたので、真に受けてしまっていた)

・ ケース2 「ヘッドホンのイヤーピース」

11月12日。出先でのこと。

先日と同じカバン。3DSに繋いでいたカナルタイプのヘッドホンのイヤーピース。
行きに使った時には確かにあったのに、帰りに見たら片側だけが無くなっていました。

その間出し入れなど一切していないので、外れたとしてもカバンの中にあるはず。

しかし、家に帰ってからカバンの中を全て出して調べてみても、見つからない。

これまた、この世から消えてしまったに違いない!

・ ケース3 「足指リング」

11月13日。温泉地で。

カミさんが、足湯に入るために足指矯正用のリングを外し、バッグのポケットに入れたという。その後、ハンカチを出した時には確かにあったそうだ。

しかし、次に見た時には無くなっていて、いくら探しても見つからなかった。

まあ、この件は私はまったく関知していないのですが…本人談を信じるなら、かなり不可解な状況だということのようです。

またもや、カバンの中に次元の穴が出現したのだ!

・ ケース4「映画のチケット」

11月18日。ショッピングモール。

映画レイトショーのチケットを購入し、それをカミさんのバッグのポケットにしまってもらう。自分もそれは見ていました。

時間があったので、しばらくショッピングモールをうろつき、上映時間直前でチケットを出そうとしたところ…見つからない!

バッグの他の場所から服のポケットまで探してみるが、見つからず。

これも、一度ポケットを開けた時に、チケットの存在は確認していたという。2枚のチケットが気づかぬうちに外に落ちるというのも考えにくい。

これを怪現象といわずしてなんと言おう!

(ちなみに、窓口で相談したら、座席番号を覚えていたことや客も少なかったこともあってか、入れてもらえました…)

モノが見つからなくなるなんてことは、さほど珍しいことではありません。今までにもよくやらかしてました。

しかし、ここまで前後の状況がはっきりしていて紛失するケースが、しかもこれほど短い期間に集中して起こったというのが、腑に落ちない。

これはもう、超常現象としか思えない。

この世界、この次元は、壊れかけているのか…
マトリックスのバグだというのか…

…まあ実のところ、歳による記憶力と注意力の衰えってことなんだろうけど…。

理屈ではそう思うのですが…無くなる可能性が無いと思ったモノが消失していた時の非現実的な感覚は、この世界は仮想現実なんじゃないかと思いたくなるくらい、まさに超常現象体験でした。

なんにせよ、もう勘弁してほしい…(というか、もっと注意深くなれということだな)。

(2016.11.19)

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実現したらいいけどな…(2)

実現したらいいな…と思いつつ、生きているうちには無理かなあと思うこと、その2。
前回の続き。

3.ベーシック・インカム

ベーシック・インカム(BI)とは、「政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を無条件で定期的に支給するという構想」(Wikipedia)

BIについては、実現可能かどうか以前に「こんな、人を堕落させるような制度には反対!」という人もいそうですが、個人的には、そう悪く言ったものでもない…むしろアリなんじゃないかと考えはじめてます。

世界的には徐々に動きが出てきています。

フランス元老院、ベーシックインカムの試験導入を認める答申
(Businessnewsline 2016.10.24)

フィンランド、ベーシックインカム支給実験の詳細が確定・実施開始は来年から
(Businessnewsline 2016.9.1)

あと、去年の記事ですが…

"ベーシック・インカム"必要最低限の給付をオランダで実験「幸福度が増す」
(The Huffington Post 2015.7.13)

少し前に放送された、池上サンの番組でも取り上げられてましたし、最近、注目度は高まっていると思えます。

(もっとも、スイスでは国民投票で導入が否決されたりしましたけどね…。)

メリットについては、上記の記事でも色々語られてますが…

個人的にはまず、「今後の社会変化への対応策」という点を重視してます。

これからの社会、仕事(雇用)というもの自体が、だんだん減っていくものだと思うんですよ。
その主な理由は、「自動化(ロボット化)」によるもの。
私は、ホーキング博士ほどはAiの席巻を恐れてはいないですが、それでも、機械やITがどんどん人間の肩代わりをしているのは感じてます。

ここ数年、身近で自動レジが普及してきてます。自動運転カーもかなり現実的になってますよね。自動化とまでいわずとも、あらゆる分野で省力化は進んでます。つまり労働力の必要性は減る傾向にあるということ。
この流れを止めることはできません。

となると、もはや「仕事が少なくても生きられるような社会」を考えるべきなのではないか、と。

(「実現したら…(1)」の続きとして、↑を書き溜めていたら、つい最近ほぼ同じ趣旨の記事を見つけてしまいました。まあ、有識者も同じことを考えていたということで…。

「ロボットが人々の仕事を奪う将来は政府がベーシックインカムを払うことになる」とイーロン・マスク氏が発言」(Gigazine 2016.11.8)

もうひとつ。BIは「雇用者と被雇用者の関係を少しでも対等に近づけられる」のではないかということ。

本来、雇用関係というのも対等な物々交換の延長だと思うんですよね。
しかし現状、金を払う側、雇用側が圧倒的に力を持っているのが事実。

それは被雇用側に「職を失ったら、その後どうなるかわからない」という不安感があるためではないでしょうか。そのため無茶な要求にも耐えざるを得ず、社畜やブラックという事象をもたらすのではないか…。

<電通>社長説明に社員違和感 長時間労働、改善疑問視」(毎日新聞 2016.11.8)

「「(電通では)これまで部下の評価は上司の好き嫌いが唯一の基準だったが、こうしたことが見直されるようになれば」と言う。」(引用)

BIがあれば、被雇用者は「なんなら辞めてもいい」というスタンスで仕事ができて、雇用者(上司)も、無茶な要求は出しにくくなるのではないでしょうか?
もちろん、雇用者側にとっても辞めさせやすくはなりますが、必要な人材にまで去られたら会社側も立ち行かなくなりますし、部下が頻繁に辞めてしまうような上司がいたら、さすがに会社から問題アリと判断されるでしょう。

(まあ、BIがあっても、責任感の強い人だと「俺が辞めたらみんなに迷惑が…」等の理由で、辞められないんだろうけど…。)

BIは、共産主義的なイメージもありますが、決して「平等な社会」を作るものではないですね。今同様、才能のある人や努力する人は、より良い暮らしができます。

仕事がうまくいっている人は、BIがあるからって、仕事をやめようとは思わないですよね。大人気の芸能人が、BIが導入されたからといって、仕事のオファーを断るものだろうかと。

勤労意欲の低下という面ではあまり心配ないんじゃないかな…と思えます。

もちろん、一切働かなくなる人も出てくるだろうけど、仕事自体が減る前提なので、それで労働者が足りなくなるということもなかろう、と思います。

むしろ、食い詰めた人が思い余って犯罪を犯す…などということが減り、治安は良くなるんじゃないだろうか。

もちろん、課題もいろいろあります。

まず、欧州での社会実験が成功するかどうか。結果が出るのにも時間かかるはず。仮に欧州で成功したとして、人口の多い日本で同じように行くかどうか。欧州とは別の手法を探らなくてはいけない可能性も。

それに、やっぱり財源が大きな問題。社会保障費の一本化だけでは難しそう。やはりどこかに負担してもらう必要がありますね。平均的に賃金は安く抑えられる可能性があるので、その分法人税を上げるとか…累進課税をきつくして富裕層に負担して貰うとか…しかしそうなると企業や富裕層が国外に逃げてしまう可能性も…。(ピケティ先生の言うような全世界的な合意が必要かも)

また、外国籍の居住者など、どこまでを給付対象にするのか…。本当に働けない人に対し、BIだけで充分なのか…など…。

仮に、BIは良いものだと仮定し、日本でも前向きに考えるようになったとしても…
50年以内に実現する可能性は低いように思えますね。

そもそも「生理的」に反対する人が多そうだし、BIの導入って、大きなパラダイムシフトなわけで、導入には慎重にならざるを得ないでしょう。まず、政治的な面で話が進まないでしょうねえ。

もうひとネタ書きたかったが、長くなりすぎました。別の機会に…。

(2016.11.13)

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実現したらいいけどな…(1)

実現したらいいな…と思いつつ、生きているうちには無理かなあと思うこと。

1.核融合発電

核融合発電は、原発に比べると安全で、火力発電のようなCO2を排出せず、ソーラーや風力のような不安定さはなく、燃料は海水からほぼ無尽蔵に得られるため安価で済む…と期待される夢の発電方式。

私的には、発電方式の決定版と考えてます。実現すれば電気料金も限りなく安くなるのではないかと期待してます。
世界中で研究が進められていて、もはやSFだけの話ではないという実感もある。

「今後、25年~30年で発電を実証する見通しが得られてきています。」(核融合科学研究所HP)

少し前に、こんな記事もありました。

米ロッキード、10年以内に小型核融合炉実用化へ」(Reuters 2014.10.16)

…と、期待膨らむ一方で、なかなか決定的な成果が出ないというのも事実。
ロッキードの記事も「そう言っている」というだけで、実証に成功したという記事ではないのです。

出力電力が投入電力よりも大幅に上回らないと役に立たないわけですが、それがなかなか難しいんですね。

核融合で自己加熱初確認。吸収・放出のバランスついに逆転」(2013.10.13 Gizmode)

という記事もありましたが…まだとば口という感じですし、これももう3年も前の記事なんですよね。続報も特にないようで…。

この調子だと、核融合発電の電力がご家庭に届くのは50年以内には難しそうですね…。
自分が生きている間には無理かな…。

2.火星有人探査/旅行

イーロン・マスクの「火星移住計画」の全貌が明らかに。2020年代には1人2000万円で火星に!? 」(HARBOR BUSINESS Online 2016.10.4)

↑の計画もそうですが、NASAやオランダのマーズワンなど、いくつも火星有人探査(旅行)の計画がぶち上げられています。

ぜひ実現して欲しいので、ついつい期待してしまいますが…(自分自身が火星に行きたいわけでもないけど)
ちょっと2020年代での火星有人は難しいだろうと思えますね。

根拠としては…

まず、有人で火星に人を送るための宇宙船を造るのが、相当難しく金も時間もかかりそう。人間を数人、6ヶ月以上の間生かして火星に届けられるキャパを持つ宇宙船が必要ですが、それがまだ全然影も形も見えないのでは、ちょっと間に合わないのではないかと。

さらに、火星に人を送るに先立ち、まず無人宇宙船を火星に送り、向こうで生活できる準備をする必要があるが、その宇宙船が(試作機でも)そろそろ打ち上がってないと、遅いんじゃないだろうか。

実は上記の記事で、マスク氏も「2024年からの移民開始というのは楽観的な予想です。あくまで可能性に基づく抱負の話です」と言ってるんですね。
まあ、ビッグマウスの類と取る方が無難かもしれません。

これもあと30年以内には難しそうな予感が。生きているうちに実現するかどうか、微妙なところです。

(先日、ヨーロッパの火星探査機が着陸失敗してたしね…。アポロの時代じゃあるまいし、安全性に確証が得られなきゃ、人は送れんですよね)

似たような話として、
アルファ・ケンタウリへ20年で到達する宇宙船を射出する計画をホーキング博士らが始動」(Gigazine 2016.4.13)

成功すれば、「プロクシマbに生物が存在した!」なんて情報が得られるかもしれない夢のような話ですが…

その宇宙船を作って宇宙に置くだけでも、時間も金もかかりそう。
その後20年かかるとすると、生きているうちに結果を拝むのは無理っぽいですね。

(2016.10.25)

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